大学広報誌OPU Vol.02「紡」
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合成できないという事実を示しているに過ぎません」と豊田教授は語る。複雑な構造の生理活性天然物の合成は、全合成ができて初めて評価を受ける大変厳しい世界である。そのせいか天然物合成の研究をしている大学は少なく、近畿圏では珍しい存在だ。豊田研究室に府大以外の大学の出身者が集まってくるのもこうした背景があってのことだろう。「天然物合成の苦しさと喜びは表裏一体です。しかし、試行錯誤をくり返し、合成を達成したときの喜びは格別で、まさに細胞のすみずみから喜びがわき上がってくる感じですね」豊田研究室で発表した世界最強の免疫抑制剤・マイカラミドA。完成までに13年間を要したが、最後の6年間は博士課程の女子学生(現在シカゴ大学博士研究員)が一人で行った。マイカラミドAは、非常に大きな化合物で分子量は500。最初の7年間のネガティブなデータをベースに、絶対にできるという自信のもとに全合成を成功させた。「研究を通して培った確かなテクニック、経験、知識などは計りしれません。その学生は先日、世界で2人しかもらえないポストドクトラルフェローシップ(メルク社の奨学金)を受賞しました」マイカラミドAに続き、豊田研究室ではいくつかの「世の中にない薬」の開発に取り組んでいる。豊田研究室で研究中の「世の中にない薬」とは、頭のよくなる薬(アルツハイマー病の治療薬)、花粉症が治る薬(免疫抑制剤)、新反応の発見や、新しい触媒の機能の解明のように、実験結果がすべて世界で初めてというような華々しい分野とは対照的に、天然物合成では「標的分子を合成する」という到達点が明確に存在する。既存の反応を組み合わせるだけ、あるいは少しモディファイすれば標的の天然物が合成できて当たり前と思う人もいるかもしれない。しかしながら、いたる所に多様な官能基が存在するデリケートな反応基質を、既存の反応条件を使って次の段階に進めた場合に、期待通りの結果とならないことも多々ある。「たとえば、100行程かかる合成があったとしましょう。99行程までうまく作ってきて、最後の1行程がうまくゆかずに天然物が得られなかったら…。この時、99行程をもって99%達成しえたと言えるかというと、これはまったく違います。むしろこの結果は、その合成戦略では標的天然物が理学部理学系研究科理学部理学系研究科豊田 真弘教授Masahiro ToyotaProfileコロンビア大学理学部化学科(Stork研)博士研究員、東北大学助教授などを経て、2005年より理学部教授。薬学博士。愛車はGTR(Kspec)、趣味はゴルフ、読書、映画鑑賞など。ヒトの病気の治療薬となりうる創薬研究。病気の原因タンパク質を制御する天然物合成に取り組む。これまでにも優れた医薬品として期待される化合物が、植物や生物などの天然素材から数多く見いだされている。しかし、その一方で、天然物はごく微量にしか得られないため、医薬品として普及させることは量的にも価格的にも難しかった。豊田教授が挑むのは、「薬を化学的に作ること」。つまり、ヒトの病気の治療薬になりうるような生物活性を持つ天然物の中で、構造が複雑でチャレンジングな標的分子の化学合成に意欲的に取り組んでいる。世界最強の免疫抑制剤マイカラミドAを全合成した女子学生アルツハイマー病や花粉症の治療薬。不老長寿の薬にも挑む天然物合成には困難も多いが喜びも大きい全合成に成功した免疫抑制剤・マイカラミドAの分子構造模型。17

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