大阪府立大学

新しい二重スリット実験―「波動/粒子の二重性」の不可思議を解明するために―

更新日:2018年1月18日

理化学研究所(以後、理研)創発物性科学研究センター創発現象観測技術研究チームの原田研上級研究員、大阪府立大学大学院工学研究科の森茂生教授、株式会社日立製作所研究開発グループ基礎研究センタの明石哲也主任研究員らの共同研究グループは、最先端の実験技術を用いて「波動/粒子の二重性(解説1)」に関する新たな3通りの干渉(解説2)実験を行い、干渉縞(解説2)を形成する電子をスリットの通過状態に応じて3種類に分類して描画する手法を提案しました。

「二重スリットの実験(解説3)」は、光の波動説を決定づけるだけでなく、電子線を用いた場合には波動/粒子の二重性を直接示す実験として、これまで電子顕微鏡を用いて繰り返し行われてきました。しかしどの実験も、量子力学が教える波動/粒子の二重性の不可思議の実証にとどまり、伝播経路の解明には至っていませんでした。

今回、共同研究グループは、日立製作所が所有する原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡(解説4)を用いて世界で最もコヒーレンス(解説5)度の高い電子線を作り出しました。そして、この電子線に適したスリット幅0.12マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の二重スリットを作製しました。また、電子波干渉装置である電子線バイプリズム(解説6)をマスクとして用いて、電子光学的に非対称な(スリット幅が異なる)二重スリットを形成しました。さらに、左右のスリットの投影像が区別できるようにスリットと検出器との距離を短くした「プレ・フラウンホーファー条件(解説7)」での干渉実験を行いました。その結果、1個の電子を検出可能な超低ドーズ(0.02電子/画素)条件にて、非対称な形状の二重スリットを通過した電子線の干渉縞の強度分布を、検出器に到着する個々の電子の個数分布として検出しました。この手法を3通りの実験で行うことで、強度分布を、左側のスリットを通過した電子、右側のスリットを通過した電子、両方のスリットを同時に通過して干渉縞を形成した電子の三つに分類し描画できました。この結果は、干渉に寄与した電子のみを検出できる可能性を示しており、両方のスリットを同時に通過して干渉縞を形成した電子を分類する究極の実験「which-way experiment(解説8)」への手がかりを得る結果といえます。

共同研究グループは今後、電子検出器の時間分解能を上げるなど現在の電子線技術をさらに発展させ、量子力学の根幹に迫りたいと考えています。

本研究は2018年1月17日19時(日本時間)に雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。

論文タイトル「Interference experiment with asymmetric double slit by using 1.2-MV field emission transmission electron microscope」

掲載論文(「Scientific Reports」Webサイト)

プレスリリース全文(1.4MB)

共同研究グループ

  • 理化学研究所 創発物性科学研究センタ- 創発現象観測技術研究チーム
    チームリーダー 進藤 大輔(しんどう だいすけ)
    上級研究員 原田 研(はらだ けん)
  • 大阪府立大学 大学院工学研究科 マテリアル工学専攻
    教授 森 茂生(もり しげお)
  • 株式会社日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ
    主任研究員 明石 哲也(あかし てつや)
    主管研究長 品田 博之(しなだ ひろゆき)

用語解説

解説1 波動/粒子の二重性

量子力学が教える電子などの物質が「粒子」としての性質と「波動」としての性質を併せ持つ物理的性質のこと。電子などの場合には、検出したときには粒子として検出されるが、伝播中は波として振る舞っていると説明される。二重スリットによる干渉実験と密接に関係しており、単粒子検出器による干渉縞の観察実験では、単一粒子像が積算されて干渉縞が形成される過程が明らかにされている。電子線を用いた単一電子像の集積実験は、「世界で最も美しい10の科学実験(ロバート・P・クリース著 日経BP社)」にも選ばれている。しかし、これまでの二重スリット実験では、実際には二重スリットではなく電子線バイプリズムを用いて類似の実験を行っていた。そこで今回の研究では、集束イオンビーム(FIB)加工装置を用いて電子線に適した二重スリット、特に非対称な形状の二重スリットを作製して干渉実験を実施した。

解説2 干渉、干渉縞

波を山と谷といううねりとして表現すると、干渉とは、波と波が重なり合うときに山と山が重なったところ(重なった時間)ではより大きな山となり、谷と谷が重なりあうところ(重なった時間)ではより深い谷となる、そして、山と谷が重なったところ(重なった時間)では相殺されて波が消えてしまう現象のことをいう。この干渉の現象が、二つの波の間で空間的時間的にある広がりを持って発生したときには、山と山の部分、谷と谷の部分が平行な直線状に並んで配列する。これを干渉縞と呼ぶ。

解説3 二重スリットの実験

19世紀初頭に行われたヤングの「二重スリット」の実験は、光の波動説を決定づけた実験として有名である。20世紀に量子力学が発展した後には、電子のような粒子を用いた場合には、量子力学の基礎である「波動/粒子の二重性」を示す実験として、20世紀半ばにファインマンにより提唱された。ファインマンの時代には思考実験と考えられていた電子線による二重スリット実験は、その後、科学技術の発展に伴い、電子だけでなく、光子や原子、分子でも実現が可能となり、さまざまな実験装置・技術を用いて繰り返し実施されてきた。どの実験も、量子力学が教える波動/粒子の二重性の不可思議を示す実験となっている。

解説4 原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡、電界放出形顕微鏡

電子線の位相と振幅の両方を記録し、電子線の波としての性質を利用する技術を電子線ホログラフィーと呼ぶ。電子線ホログラフィーを実現できる特殊な電子顕微鏡がホログラフィー電子顕微鏡で、ミクロなサイズの物質を立体的に観察したり、物質内部や空間中の微細な電場や磁場の様子を計測したりすることができる。今回の研究に使用した装置は、原子1個を分離して観察できる超高分解能な電子顕微鏡であることから「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡」と名付けられている。この装置は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の開発とその応用」により日本学術振興会を通じた助成を受けて開発(2014年に完成)された。電界放出形電子顕微鏡は、鋭く尖らせた金属の先端に強い電界を印加して、金属内部から真空中に電子を引き出す方式の電子銃を採用した電子顕微鏡である。他の方式の電子銃(例えば熱電子銃)を使ったものに比べて飛躍的に高い輝度と可干渉性(電子の波としての性質)を有している。

解説5 コヒーレンス

可干渉性ともいう。複数の波と波とが干渉する時、その波の状態が空間的時間的に相関を持っている範囲では、同じ干渉現象が空間的な広がりを持って、時間的にある程度継続して観測される。この範囲、程度によって、波の相関の程度を計測できる。この波の相関の程度が大きいときを、コヒーレンス度が高い(大きい)、あるいはコヒーレントであると表現している。

解説6 電子線バイプリズム

電子波を干渉させるための干渉装置。電界型と磁界型があるが実用化されているのは、中央部のフィラメント電極(直径1μm以下)とその両側に配された平行平板接地電極とから構成される電界型である。フィラメント電極に、例えば正の電位を印加すると、電子はフィラメント電極の方向(互いに向き合う方向)に偏向され、フィラメントと電極の後方で重なり合い、電子波が十分にコヒーレントならば、干渉縞が観察される。今回の研究ではフィラメント電極を、上段の電子線バイプリズムでは電子線を遮蔽するマスクとして、下段の電子線バイプルズムではスリットを開閉するシャッターとして利用した。

解説7 プレ・フラウンホーファー条件

電子がどちらのスリットを通ったかを明確にするために、本研究において実現したスリットと検出器との距離に関する新しい実験条件のこと。光学的にはそれぞれの単スリットにとっては、伝播距離が十分に大きいフラウンホーファー条件が実現されているが、二つのスリットをまとめた二重スリットとしては、伝播距離はまだ小さいフレネル条件となっている、というスリットと検出器との伝播距離を調整した光学条件。

従来の二重スリット実験では、二重スリットとしても伝播距離が十分に大きいフラウンホーファー条件が選択されていた。

解説8 which-way experiment

不確定性原理によって説明される波動/粒子の二重性と、それを明示する二重スリットの実験結果は、日常の経験とは相容れないものとなっている。粒子としてのみ検出される1個の電子が二つのスリットを同時に通過するという説明(解釈)には、感覚的にはどうしても釈然としないところが残る。そのため、粒子(光子を含む)を用いた二重スリットの実験において、どちらのスリットを通過したかを検出(粒子性の確認)した上で、干渉縞を検出(波動性の確認)する工夫を施した実験の総称をwhich-way experimentという。主に光子において実験されることが多い。

お問合せ先

大阪府立大学大学院 工学研究科 マテリアル工学専攻

教授 森 茂生(もり しげお)

Tel 072-254-9318 Eメール mori[at]mtr.osakafu-u.ac.jp [at]の部分を@と差し替えてください。