大阪府立大学

V字型二重スリットによる電子波干渉実験―「波動/粒子の二重性」の不思議の実証を一歩進める―

更新日:2021年1月21日

V字型二重スリットの干渉像(経路が同定できない重畳領域でのみ、干渉縞が観察される)

V字型二重スリットの干渉像(経路が同定できない重畳領域でのみ、干渉縞が観察される)

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発現象観測技術研究チームの原田 研 上級研究員、大阪府立大学 大学院工学研究科の森 茂生教授、名城大学 理工学部 児玉 哲司教授らの共同研究グループ(メンバー)は、株式会社日立製作所 研究開発グループと共同で、最先端の実験技術と新しく開発したV字型二重スリット(解説1)を用いて、「波動/粒子の二重性(解説2)」に関する実験を行い、電子の経路情報と干渉(解説3)の発現の関係を明らかにしました。

本研究成果は、量子力学が教える波動/粒子の二重性の不思議の実証を一歩進め、電子の伝搬経路と干渉との関係の解明に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、ホログラフィー電子顕微鏡(解説4)の結像光学系と電子波の干渉装置である電子線バイプリズム(解説5)を利用して、V字型二重スリットを焦点の合った(伝搬距離ゼロ)干渉条件で観察することに成功しました。これにより、粒子として検出された電子の経路をさかのぼり、左右どちらのスリットを通過したかを明らかにできる場合があること、経路情報が不足し通過スリットを同定できない場合にのみ干渉縞(解説3)が観察されることを確認しました。これは、二重スリットを通過して干渉した電子を分類する究極の実験「which-way experiment(解説6)」への手がかりを得る結果といえます。

本研究は、日本時間 2021年1月6日(土)に、日本応用物理学会の速報誌『Applied Physics Express』にオンライン掲載されました。

論文タイトル 「Electron interference experiment with optically zero propagation distance for V-shaped double slit」

共同研究グループ メンバー

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発現象観測技術研究チーム

  • 上級研究員 原田 研(はらだ けん)
  • テクニカル・スタッフI 嶌田 恵子(しまだ けいこ)
  • テクニカル・スタッフI 小野 義正(おの よしまさ)

大阪府立大学大学院 工学研究科

  • 教授 森 茂生(もり しげお)

名城大学 理工学部

  • 教授 児玉 哲司(こだま てつじ)

株式会社日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ

  • 主任研究員 明石 哲也(あかし てつや)
  • 主任研究員 高橋 由夫(たかはし よしお)

研究助成資金等

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究(B)「単一電子による電子波干渉の遡及計測(研究代表者:原田 研)」による支援を受けて行われました。

用語解説

解説1 二重スリット

19世紀初頭に行われたヤングの「二重スリット」の実験は、光の波動説を決定づけた実験として有名である。20世紀に量子力学が発展した後には、粒子を用いた場合には、量子力学の基礎である「波動/粒子の二重性」を示す実験として、朝永振一郎やR. P. ファインマンにより提唱された。朝永やファインマンの時代に思考実験として考えられていた電子による二重スリットの実験は、その後の科学技術の発展に伴い、電子だけでなく、光子や原子、分子でも実現が可能となり、さまざまな実験装置・技術を用いて繰り返し実施されている。どの実験も量子力学が教える波動/粒子の二重性の不思議を示す実験となっている。

解説2 波動/粒子の二重性

量子力学が教える電子などの物質が「波動」としての性質と「粒子」としての性質を併せ持つ物理的性質のこと。電子などの場合には、検出したときには粒子として検出されるが、伝搬中は波として振る舞っていると説明される。二重スリットによる干渉実験と密接に関係しており、単粒子検出器による干渉縞の観察実験では、単一粒子像が積算されて干渉縞が形成される過程が明らかにされている。電子線を用いた単一電子像の集積実験は、『世界で最も美しい10の科学実験(ロバート・P・クリス著、日経BP社刊)』にも選ばれている。

解説3 干渉、干渉縞

波を山と谷といううねりとして表現すると、干渉とは、波と波が重なり合うときに山と山が重なったところ(重なった時間)ではより大きな山となり、山と谷が重なり合ったところ(重なった時間)では相殺されてうねりが消えてしまう現象のことをいう。この干渉の現象が、二つの波の間で空間的時間的にある広がりを持って発生したときには、山と山の部分、谷と谷の部分が線上に並んで配列する。これを干渉縞と呼ぶ。

解説4 ホログラフィー電子顕微鏡

電子線の位相と振幅の両方を記録し、電子線の波としての性質を利用する技術を電子線ホログラフィーと呼ぶ。電子線ホログラフィーを実現できる電子顕微鏡がホログラフィー電子顕微鏡である。ミクロなサイズの物質の内部や空間中の微細な電場や磁場の様子を計測できる。

解説5 電子線バイプリズム

電子波を干渉させるための干渉装置。光軸上にフィラメント電極(直径1マイクロメートル以下)と、その両側に配された並行平板接地電極から構成される。フィラメント電極に印加された電圧により生じる円筒電界により、電子線は互いに向き合う方向、あるいは互いに離れる方向に偏向される。二つのプリズムを張り合わせた光学素子として作用するため、バイプリズムと呼ばれている。

解説6 which-way experiment

不確定性原理によって説明される「波動/粒子の二重性」と、それを明示する二重スリットの実験結果は、日常の経験とは相容れないものとなっている。粒子としてのみ検出される1個の電子が、二つのスリットを同時に通過するという説明(解釈)には、感覚的にはどうしても釈然としないところが残る。そのため、粒子(光子を含む)を用いた二重スリットの実験において、どちらのスリットを通過したかを検出(粒子性の確認)した上で、干渉縞を検出(波動性の確認)する工夫を施した実験の総称をwhich-way experimentという。しかし、いまだに本当の意味での成功例はないと考えられている。

関連情報

お問い合わせ

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発現象観測技術研究チーム

上級研究員 原田 研(はらだ けん)

Tel 049-296-7240 FAX 049-296-7247 Eメール kharada[at]riken.jp[at]の部分を@と変えてください。