大阪府立大学テニュアトラック制 2017年11月更新
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いただいたチャンスを大切に、日々地道に精進して参ります。「死産児」をめぐって、生命倫理にかかわる領域ですでに重大な研究業績をあげられており、今後も研究の展開がとても期待できる方です。テニュアトラックに採用されて以来、順調に研究をすすめられております。カバーされているその領域は文理融合の重要な要にあります。今後の発展を、さらに望んでいます。山本 由美子専門分野:生命倫理、科学技術社会論、医療社会学人間社会システム科学研究科 私は、生命にかかわる倫理・社会・科学技術の諸問題についてさまざまなディシプリンから研究しています。2015年3月に刊行された拙著では、生殖をめぐる医学と民事のコンフリクトをフランスの「生命倫理法」を手がかりに読み解き、既存の枠組みに収まることのない生(せい)の存在を明らかにしました。その道程は、周産期におけるある機能を浮き彫りにするものでした。すなわち、名指しし難い生と、その存在について整理できないさまざまな問題とを、暗黙のうちに例外とし排除していく機能です。現代社会において、生きている・生きようとしている存在を「死すべき」存在として捕捉し統治する仕組みは、死産児という概念によって不可視化されていくのです。本書が粘り強く探っていくのは、いわゆる生命倫理学がこの問題をどのように回収あるいは回避してきたのかについてです。 科学技術の発展は、人の生命現象を数値化・視聴覚化することを可能にしました。生命現象のごく一部をデータとして切り取ったに過ぎないのに、あたかも、ある生命の全体や未来を把握したかのように取り扱われていきます。そのことは、人の生命をデザインして作り出すことや、ある特徴を引き合いに選別すること、そして人の生命を計画的に終わらせることにも利用されていきました。それらのうちのいくつかには、法的な後ろ盾さえも用意されているのです。また、そうした背景にあるジェンダーの関係も見逃せません。なかでも、生命科学技術において身体への侵襲を受けるのは、圧倒的に一方の性に偏っています。たとえば、よく知られることですが、男性不妊のさいに「治療」を受けるのは不妊ではない女性の方です。そもそも、不妊は病気なのかという問いがあります。そして、家族の関係においては、生体間臓器移植のドナーを引き受ける男性は少なく、他方で、人工呼吸器によって生存できるのにもかかわらず、その装着を諦める選択をするALS患者は女性が多いのです。これらのことは、単なる意思の問題ではありません。 洋の東西を問わず、社会によってこそもたらされている生き難さを個人の問題に還元し、技術によって「解決」ーー死までも射程にいれたーーを図る仕組みが存在しています。とりわけ、さまざまな理由をみつけては死にゆき急がせる風潮と、そこに倫理が援用されることには警戒する必要があります。私の問題意識は、生命に関して「何が正しい倫理か」というものではなく、「倫理というヴェールの向こうに何が隠されているのか」というものです。この文脈では「倫理」という語に、「人権」や「正義」をあてはめてみてもよいのかもしれません。そうした意味でも、生きること・存在することと、倫理・技術・社会を切り離して考えることは不可能なのです。病や障害や、他人と異なることを丸ごと肯定し、生命のダイナミズムを紡いでいく・繋いでいく科学技術のあり方、生存への智恵やその分配(ケア・資源・システム)の思想について考え続けていきたいと思っています。 医療のフィールドを経て、研究の道を歩んできました。私の研究の原点は医療倫理・生命倫理といってよいでしょう。最近は、科学社会学やラボラトリーの社会学にも取り組んでいます。着任以来担当させていただいている、大学院共通科目の研究公正は、実はこれらと大いに関係があります。科学と戦争、若手研究者と組織、被験者と人権、科学者の社会的責任などは、すでに辿ってきた過去の歴史や現在進行中の研究不正問題を考えるさい、学問的に必要不可欠なものとなります。そして、そうした学問体系の基盤に置かれているのが、実は医療倫理・生命倫理といった応用哲学なのです。今後は、これらをなんらかの形でテキストにしたいと考えています。Yumiko YAMAMOTO【略  歴】 平成25年3月、博士(学術)取得(立命館大学大学院先端総合学術研究科)。学校法人鶴岡学園北海道文教大学 任期付助教、学校法人神谷学園東海学院大学 任期付准教授、立命館大学生存学研究センター客員研究員(現)を経て、平成27年10月、大阪府立大学現代システム科学域テニュアトラック講師に着任。(平成28年度より人間社会システム科学研究科へ所属変更)テニュアトラック教員としての抱負第1メンターよりテニュアトラック教員紹介酒井 隆史 人間社会システム科学研究科 教授研究内容生命倫理社会技術H27年度採用研究の最近の軌跡今後の展望生と存在の肯定に向け、「常識」を問い直す問題意識の所在32

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