大阪府立大学 ロールモデル集III
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●社会人時代(1994~)●学生時代(~1994)このロールモデル集のお話をいただいたとき辞退を考えました。私の現状は、将来に希望をもつ例ではなく、今はまだ失敗例だと思っているからです。ですが、諦めずに挑戦し続けるという自分自身への決意表明としてお受けしました。諦めてしまえば失敗という終わりですが、挑戦していれば道は続くと思っています。回り道あり、迷子ありですが、失敗も糧にするぞと思って挑戦を諦めない人生でありたいと思います。こんな私でも「知ることは愉しい」、それが原動力です。多様な野生植物のさまざまな種分化の実態を描き出し、その進化の機構を詳らかに説明する例をひとつでも多く明らかにしたい。「知りたい」と思うことが自然界には溢れていて、知れば知るほどさらに知りたいことが増えてくる。そんな探求することの愉しさを学生に伝えたいし、その愉しさとともに自然の貴重さを次世代に伝える人材を育てたい…野望は果てしないものです。 仕事を辞めて大学院からやりなおそうかと考えたこともあったのですが、どういうときでも研究をやめたいとは思いませんでした。結局は研究を仕事にできることが幸せなことだと思っているので、器用に複数のことをこなせない性分を考えると、ライフイベントとの両立はできませんでした。 失った時間は取り戻せませんが、これからの中身を濃くすることはできるはずだと思って試行錯誤の挑戦中で、今はその挑戦が愉しいときです。 平日は仕事に時間をかけます。時間をかけないとエンジンが掛からない質なので無駄な時間も多いですが、一旦、エンジンが掛かると長時間耐久はあまり苦になりません。その分、休日は好きなことだけをやって充電します。一日中、多種多量の料理を作ったり、読書三昧というぐうたらだったり。または趣味の合唱だったり、友だちとでかけたり。なるべく仕事一色の平日と休日のメリハリがつくようにしています。 部屋で遊ぶのが好きなインドア派の子どもでした。父の影響で、小学校のときには理科の先生になると決めていました。生き物が苦手なのに、高校では不純な動機で生物部。博士号をお持ちの少し風変わりな先生が、生徒といっしょにイトヨという魚の研究をされており、毎日、授業以外は入り浸って、先生や先輩とイトヨの水槽の傍らで遊んでいるうちに、生物が面白くなりました。 大学の選択は教師になることが第一で、入学してすぐ自主ゼミに入って理科教育を勉強するほどでしたが、その目標を1年で手放しました。その頃、植物分類学の講義を受け、知らないことばかりで、質問ついでに考えることにわくわくしました。後にその先生の研究室に入りましたが、大学院卒では将来の職はないと言われていたので、進学はかなりの覚悟でした。 大学院では、家で寝る以外は研究室漬けでした。実験や調査のほか、生物や物理の先生と研究や学問だけでなく、政治、世界情勢、思想、世間話まで、多くの事柄について議論し、背伸びをしながら大きな刺激と影響を受けました。学会だけでなく、標本調査や実験手法の習得のため他大学に度々出かけ、関係者の知己を増やしました。修士1年のときに他大学の先生の北米の調査に同行させていただき、3ヶ月間、海外の研究所も体験しました。地方にいながら世界を拡げることができたのは、指導教授のおかげだと感謝しています。 研究は実験室で行うだけではなく、植物の採集・調査のために外に出かけ、生きている様子を実際に見ます。どうしてこの植物はこの場所に存在するのか、どのように生活しているのか、どういう道筋をたどってこの種になったのか、そういった種分化という進化の過程と適応のメカニズムについて、植物を材料に探求するのが私の研究です。理由づけを考えるうちに仮説が浮かんだときの高揚感はたまりません。そして仮説を立証するために野外調査や実験室での分析を行い、結果に一喜一憂します。少しずつでも研究が展開していく愉しさを、研究室の学生と共有することを大事にしています。 けれども、ここにくるまでには長い暗黒の時間がありました。 修士論文をまとめる頃、本学の総合科学部助手への誘いがあり、家庭状況に余裕もなかったので飛びつきました。ところが、その年の研究費も、必要な実験機器も、研究テーマの手持ちもなく、指導教授もいない状況で、研究はやがて停滞しました。孤立感や焦燥感、身体の不調も出てきて、研究室に行くのさえ苦痛になっていました。そんな中でも自分がやりたいと思っている研究だけは、あきらめることができませんでした。 数年前に、とあるきっかけで、ようやく精神的な呪縛から自分を解放させることができ、挑戦する愉しさが急に戻ってきて、今はやりたいことが溢れています。学生と一緒に研究を進めるスタンスに変えたことが、転換点だったと思います。家事10%趣味10%仕事80%1994~大阪府立大学助手2007~大阪府立大学助教~1991新潟大学教育学部卒業~1994新潟大学大学院修士課程修了Personal HistoryWork Life Balance●学生時代●社会人時代Message後輩へのメッセージ将来の目標・夢Dream17

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