大阪府立大学

平成29年度 学位記授与式式辞

更新日:2018年3月26日

はじめに

ここ数日、気温が上がり、暖かい春がやってきました。キャンパスの桜も皆さまの卒業・修了を待っていたかのように一斉に咲きはじめています。

本日、ここに大阪府議会議長 大橋一功様はじめ、多数のご来賓の皆さまにご臨席を賜り、学位記授与式を挙行できますことを心から感謝申し上げます。

卒業・修了される皆さま、おめでとうございます。「高度研究型大学―世界に翔く(はばたく)地域の信頼拠点―」である大阪府立大学を代表して、お祝いの言葉をお贈りします。皆さまの成長を願いつつ、ここまで励ましてこられたご家族や、指導してこられた教員の皆さまにも併せてお慶び申し上げます。

さて、本日の式典において三つのお話をします。一つ目は「驚く心を持つこと」、二つ目は「カーナビが暗示すること」、三つ目は「自身のための世界地図を描くこと」です。

驚く心

昨年は将棋の世界で中学生プロ棋士藤井聡太さんの活躍が光り、注目が集まりました。一方で、将棋や碁の世界では、名人に勝つ強い人工知能が登場しています。「シンギュラリティ」といって「近い将来、人工知能の力が人間の力を超えるだろう」と予測され、我々人間の仕事の多くを奪いかねないと言われています。

このような人工知能の登場を見て、皆さまは驚きますか?驚くことができますか?以前、私は民間の研究所で人工知能の研究に携わっていたのですが、その実用性に限界を感じ、基礎研究のできる大学に転じました。私の先を見る目が乏しかったのかもしれませんが、短期間にここまで技術が進歩するとは夢にも思いませんでした。人が話した言葉を理解する音声認識、動画から人や物体を特定する画像認識、機械翻訳などの技術に携わってきたのですが、基礎を知っているからこそ現在の技術発展の速さに驚いています。

スマートフォンが普及したことにより、自宅やオフィスではなく屋外でメールをしたり、道に迷った時にはその場で地図を調べたり、外出先で空いているコインパーキングを探したりできるようになり、これらがごく当たり前の風景になっています。しかし、20年前にはこのようなことが可能になるとは想像もできませんでした。当時、私は「日本には公衆電話がたくさんあるのでそれで十分だ」と信じ込んでいました。さらに60年前、私が小学校に通う前は、自分の家には電話がなく、近所まで電話を借りに行っていました。もしも、その時代の人々が現代の技術を目にしたとしたら、さぞかし“驚く”でしょう。

ところが、過去(言い換えると歴史と言ってもいいかもしれません)を知らなければ「人工知能もスマホも当たり前。日常にあるものだから驚くこともない」。このような反応になるのではないでしょうか。私の子供の頃にはテレビも冷蔵庫も自宅にありませんでした。初めて、映像を映し出す機械、氷を作ることができる機械を見た時はとても驚きましたが、生まれた時からテレビや冷蔵庫を知っている方々は世の中の進歩に対して驚く心を持ちづらいのではないかと心配しています。今、常識となっていることも、以前は非常識だったのです。つまり、今、非常識なことが、明日には当たり前のことになり得るのです。皆さまには、当たり前のことをそのまま流してしまうのではなく、驚く心を持つように、自分の中の驚く心を育てていただきたいと思います。

最短経路探索問題

二つ目に同じく技術の進歩に関する「カーナビ」を題材にした話をします。私は人生を示唆する話として、よくこの話をします。経路探索問題とは、経路と分岐点があるネットワーク上のグラフ(図)において、経路に距離・時間あるいは値段という重みを持たせ、ある出発点から別の目標点への最短あるいは最安の経路を見つけるものです。経路や分岐点などの選択肢の数が少なければ人の手でも調べることができますが、選択肢が増えると最短あるいは最安の経路を見つけることが難しくなります。しかし、ソフトウェア(計算機プログラム)にいろいろな工夫を施すことで、経路や分岐点などの選択肢が多くとも、さまざまなパターンの経路を導き出し、必ずしも最短ではない近似解を容易に見つけることができます。

私は学生時代(1970年代)にこの解法を学びました。解法を理解すること自体は難しくなかったのですが、当時は紙の道路地図が大半で、本格的な電子地図はありませんでした。また、自分の位置を確認するGPS(全地球測位システム)も市場に出ていなかったので「こんなことを勉強して何になるのだろうか」と感じていました。調べてみると、1990年にパイオニア株式会社が市販モデルで世界初のGPS式カーナビを販売し、翌年トヨタ自動車株式会社がクラウンに搭載したそうです。当時は精度も低く高価で「贅沢なおもちゃ」と冷やかされていたそうです。

ところが、今では車を運転するときにカーナビを使うのは当たり前になっています。「贅沢なおもちゃ」が日常必須なものになったこと、それ自体が驚きの一つなのですが、本日はカーナビが皆さまの人生にも参考になるのではないかと思い、この話を続けたいと思います。

さて、大阪府立大学での学生生活を経て、皆さまは何ができるようになり、まだ何ができないのでしょうか?今できることだけで、これからの人生を全うできるわけではありません。明日から、何ができるようになりたいと感じているのでしょうか?これまでに身につけた能力から、将来持っておきたい能力を得るにはどのような成長経路(キャリアパス)があるのでしょうか?その成長経路はいくつ見えているでしょうか?近い将来だけでなく、遠い将来も見えているでしょうか?

先に私は、カーナビを使うことが人生を示唆していると言いました。まず今ある自分(何ができるのか)を確認してみましょう。これが現在地です。将来(自分がどうありたいかの目的地)が見えていて、そのための経路もわかっていれば、その道を全力で進んでください。将来の夢はあるけれども、どのように進めばよいかが分からなければ、自分で調べるだけでなく先輩や同僚などに相談して、分岐道に注意して進んでください。周囲の方と相談すること、相談できる人を探すことも一つの道です。本やインターネットで調べるのもいいでしょう。

今の時点で「遠い展望が持てず、近い未来だけが見えている」だけであっても焦る必要はありません。まずは、今の目標を達成しましょう。それを達成した後、次の目標を設定すればいいのです。あたかも一つの小さな山を登れば次の山が見えてくるように。あたかもカーナビで第一目的地を入力し、そこに到着したら、次の行き先を決めて目的地を入力するように。

利晶の杜の地図

さて、三つ目は地図の話です。カーナビに地図が不可欠なように、皆さまの今後の成長(キャリアパス)にも地図が必要ではないでしょうか?利晶の杜という堺市の博物館に展示されていた「堺の海外交流」と題したアジア地図を見る機会があり、その時に感じたことをもとにお話したいと思います。

博物館にあった地図は約500年前に描かれた航路図で、日本の形も朝鮮半島の大きさも、現実とはかけ離れたものでした。大阪と東南アジアにある島々がとても大きく、アジア大陸の川もとても太く描かれていました。当時の技術の限界から、このようないびつな地図になったのでしょうか?私は当時の人々が「東南アジア諸国と交流したい、貿易を広めたい、海岸沿いだけでなく貿易を増やしたい」と目標を持っていたのだと思います。そして、この目標を安全に達成するために、あのいびつな地図を描いたのではないかと感じました。精度は粗くても、航海で台風などに遭遇した時に一時避難する島々や、海辺から大陸の奥地に市場を広げるための川の情報が必要だったのでしょう。一人で地図全体を一度に描くことができるわけではないので、同じ目標を持つ人々が協力して時間をかけて描いたのだと思います。

ここでは具体的な地図の話をしましたが、皆さまがこれから世界にはばたいて成長するときに必要なのは、イメージしにくい抽象的な地図です。自分の周りには何があるのか、進む方向にある障害は何か、その障害を避けるためにはどのような経路があるのかを考えながら工夫して、人生の地図として描き続けてみてはいかがでしょうか。

おわりに

それでは、三つの話をまとめます。

皆さまの周りのご年配の方々にお願いして、古い写真を見せてもらってください。そして、今との違いを考えてください。きっと“驚き”があると思います。その後、未来にその時間軸を反転させて、我々の将来を想像してみてください。どのような驚きが考えられるでしょうか?自分一人で考えるのではなく、卒業・修了し、来月から皆さまがはばたく新しい世界にいる方と一緒に考えてほしいと思います。「驚く心を磨くこと」が「驚く仕事に従事できること」の要件だと思います。

そして、自分の進むべき地図を描いてみてください。一人だけで書こうとせず、調べたり教えを乞うたり「学び続ける」姿勢を持ち続けることで、自分の位置と成長していく方向を認識するために、自分だけの地図を描き続けてください。そして、その地図に“現在のあなた”と“将来ありたいあなた”をプロットしてください。行く手に山があればトンネルを掘り、大きな川があれば橋をかける心意気で。

私は、皆さまがこのようなことができる基礎的な力を大阪府立大学で身につけたと信じています。学んだことに誇りと自信を持ってください。新しい世界に大きく翔いて(はばたいて)ください。そして時間を作って、これからも府大花(さくら)まつりや大学祭などで大学に戻ってきてください。大阪府立大学はいつまでも皆さまの母校です。

最後に、一年後に公立大学法人大阪府立大学は公立大学法人大阪市立大学と法人統合を行い、その後、現在の伝統ある二つの大学を統合して魅力ある新大学の設立をめざします。この流れの中にあっても、私たちは「高度研究型大学―世界に翔く地域の信頼拠点―」として誇りある大阪府立大学を発展させます。その支援策の一つとして「つばさ基金」を設立しています。近い将来ご協力をいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。

以上をもちまして、本日から始まる皆さまの新しい生活における飛躍を期待して式辞と致します。本日は、おめでとうございました。

2018年3月24日
学長 辻󠄀 洋

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