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社会問題研究 第14巻第3号

「社会問題研究 第14巻第3号」に掲載されている長尾文庫に関する記事を紹介します。
(組織や職階等の名称は、当時のものになります。)

「長尾文庫」について -長尾桃郎氏収集の労働運動史資料-

堂面秋芳(元大阪社会事業短期大学教授)

戦後、労働運動史の研究は、労働運動そのものの急激な発展の潮流と、そのもとでの実践的要求もあって目覚ましい隆盛をみたが、それは研究の自由だけでなく、その土台としての実証的資料の発掘とその利用に負うところが大であった。
ここにあげた「長尾文庫」も、兵庫県労動運動史編さん(昭30~)に際し、当時、全日本海員組合で機関誌編集に携わっておられた長尾桃郎氏所蔵の各方面にわたるコレクションのうちの社会運動・労動運動の文書を拝借できたことを機会に、それ以外の所蔵文書若干を追加し、本大学にお譲りいただいた資料につき、氏の厚意と貢献を感謝し銘記するため、かく名づけたものである。「長尾文庫」の内容は、大正末期~昭和前期(10年頃)にわたる社会・労働の両運動に関する文献、調査報告、新聞スクラップ、労働関係通信、無産政党・労働組合などの機関紙及びビラその他の印刷物など合計2,000点(大型ロッカー約2基に達し、ことに関西地方に関する資料が多く、その点で今後の実証的研究を深めるうえで役立つことであろう。
戦後、運動における宣伝活動は自由となり、文書の発行配布は全くといってよいくらい無制限・無拘束となった(占領下のある種の取締は別として)が、それですら、すでに必要とみられるもののうち散佚、消滅した記録、資料も少くはない。(その点、労働組合における文書保存は全く関心がもたれていない。)まして戦前の言語に絶する苛烈な弾圧・取締のもとで、当局の日をかすめての資料の収集・保存は困難をきわめ(所持することすなわち危険を意味した)、さらに戦災はそうした苦難をこめた乏しい蓄積を一瞬に灰燼に帰せしめた例もすくなくはない。
その意味からは、これら民衆の抵抗を綴る資料は文字通り「歴史的材料」(マルクス)でなければならないし、そのひとつとしての「長尾文庫」は一つの驚異であり、人間の働きの玄妙といえよう。以下、資料の紹介にさきだち、同氏の紹介を簡単に行い、人間と歴史的材料との関係の展開にふれたい。このことは貴重な社会的財産を提供された同氏に対する私たち研究に携わるものとしての義務の一端をつくすことでもあろう。長尾桃郎氏(明30、岐阜県高山町出生)は、小樽高商を卒業(大9)、貿易商社勤務、雑誌「芸術」(古尾、倉田、千家)の編集に従事後、「大阪都新聞」創刊(大11)に際し入社、社会部記者となり、ここで労働運動に接近することとなったが、翌年日刊紙としての日本で最初の「労働欄」を設け(注、同紙は演芸、花柳、床屋新聞の定評があった)当時の一般記者の社会運動への接触を嫌悪する風潮に反し、関西各労組と接触を深め、ことに「西部交通労組同盟」の結成とその後の大阪市電大争議(大11~13)には深い関係をもった。(注、この当時にはなお、かつての友愛会開西同盟会およぴ傘下の神戸連合会に指導的立場を発揮した毎日新聞記者村島帰之をはじめとする若干の人々にみられたジャーナリストと労働運動の親近さは一部であったが残されていたのかも知れない。本文庫には村島氏の関西労働運動についての当時の著書が数冊あり。)

氏はこの時期について「大震災に伴なう大杉事件、続く共産党、アナ系の潜行活動、水平社運動の勃興など、当事の時代相は発禁文書を地上、地下に流すことが多く、必然、私の収集心を刺激し、それらの秘密文書入手のためにも、労働運動との関連を好んで深める傾向を生じた。」と状勢の激化と資料の関係をかき記している。
以後、同氏の運動への没入は、「大阪都新聞」の廃刊(大15.2)を機に、週刊「社会時事通信」=社会労働運動の専門通信を自ら独力で発行(氏によれば労働通信関係で最も古いとする)、ついで日刊「日本労働通信」編集主任(昭3)、「社会問題研究所」(昭7~8)から、事変下社会情勢の急激な反動化のもと限定版の私的情報の刊行(昭9)と労働関係を中心とする「通信」の出版に従事したが、さらに海員組合から分裂した新日本海員組合の外部機関誌「民衆と正義」の発行(昭10)と労動組合の情報宣伝活動に関係することとなるにいたる。
「要するに、私の社会運動関係の文書収集は生業と趣味の結合の所産」とする氏自らの回顧は、「長尾文庫」のほか運動関孫文献はもとより当局による各種の発禁文献を広く収集されている立場からの言葉であろうが、戦前期の運動に関する諸資料の多くが、主として何らかの意味で個人のひそかな、また、異常な行為の集積による結果であることに共通しているようこ思われる。
こうしたことから、「長尾文庫」の資料としての傾向は、一つは左翼諸団体による発禁出版物と、もう一つは労働組合などによる各種文書に大別することができるが、その特徴は、労働団体などのビラ、ポスター、機関紙等の文書にあるといってよい。
まず、新聞記事を採取したスクラップ・ブック31冊は、大正末期より昭和前期にわたり、関西地方の労働運動、争義、無産運動の動静を網羅し、ことに、大正末期の日本における無産政党の最初の結成をめぐる動き、またこの時期の労働運動については、総同盟関西同盟会、官業労働、純向上新開などの関西地方の労組の機関紙、大阪都新聞、大阪日々新聞なども交え丹念にスクラップされている。また昭和前期の大恐慌下の労働争議関係の日刊各紙記事も豊富である。とくに、鐘紡争議(昭五)については賃金切下通告以後、終結をめぐって総連合、総同盟の対立の経緯までにわたる全経過が新聞記事、各労組のビラを含め、2冊におよんでいる。
このほか、総同盟第三次分裂(昭4)をめぐる大阪連合会の動きをつたえる新聞記事、両派の各単組の声明などのビラも多数あり、ほぼスクラップ1冊に達している。
労働通信類では、初期のものがまとまって集められており、これらは、おそらく現在では全くみることのできないものであろう。すなわち、社会時事通信(孔版)1~53 時期は正確には不明、大正末期と推定、無産政党の結成をめぐる動向、交通労働、海上労働、官業労働、農民組合の動向を詳細に報じている。
中外社会通信(孔版、週2回刊、東京 中外通信社)71~201 大13~15
労働問題通信(孔版、週刊、東京 日本社会問題通信社)218~329 大15~昭3 などが、その主要なものである。
労農諸団体の機関誌は断片的であるが、その種類は多い。主なまとまったものとしては、「土地と自由」(大14)「日本交通労働新聞」(昭5)「海運時報」(呉版昭2・6)「無産者新聞」(大15~昭3)「社会民衆新聞」(昭2)「官業労働新聞」(大14)「労働者新聞」(総同盟関西・大13~14)「労働農民新聞」(昭2~3)「労働新聞」(評議会・大14~15)「日本労農新聞」(昭2)「組合総連合」(大14~昭2)「日本船員新聞」(昭2~3)「時局新聞」(昭8~11)「共立時報」(大15~昭2)「自由連合」(大15~昭5)「皇民新聞」(昭10)などがある。
また、「大衆時代」(愛媛、昭2~5、労農党愛媛県連機関紙)は、当時の地方無産運動をつたえるまとまった資料として貴重である。このほか断片的にではあるがアナ系機関誌も散見される。
ビラ・ニュースでは、第一に、評議会の初期の「全支那大罷工に対する声明書」など一連のビラ、同じ時期の総同盟第一次分裂をめぐる諸労組(大阪を中心に各地を含む)、刷新運動支持などのビラ、西部交通労働同盟(大13)の結成、罷業関係などの諸文書、3・15事件に対する左右の態度を訴えた双方の声明、労農党大阪府連の選挙運動ビラ(昭3~5)、電灯料値下運動(昭4)、借家人運動(昭4)、総同盟第三次分裂に関する双方の声明(昭4)、六甲・合同バス争議団ニュース(昭6)、大阪市電共闘委「昭5~7)のほかに、産業労働調査所・同京都支所などによる諸調査報告(大15~昭7)など、大正末期から愛国労働運動の勃興する昭和前期にかけての歴史的文書も数多くみられる。
なお、発禁文書では左翼関係の機関誌類として、「インターナショナル」(昭3~6)「プロレタリヤ科学」(昭4~8)「戦旗」(昭3~6)「ナップ」(昭5~6)、また右翼関係の「国家社会主義」(昭6~8)などがある。以上は比較的目立ったものであるが、詳細については、今後、資料目録の作成、事項別整理などの作業を通じて正確なリストを作成し、あきらかにしていきたい。
さし当たり、「長尾文庫」の紹介にとどめ、氏への感謝としたい。なお、本文中の長尾桃郎氏の経歴等については、同氏へお願いした資料収集との関係を中心とした経歴書によったことを附記する。(「社会問題研究」第14巻第3号)