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平成24年度 学位記授与式式辞

2013年03月22日

学長 奥野武俊
平成24年度学位記授与式の写真

 寒さの厳しかった冬の風が新しい芽の息吹を運んでくるようになり、春の訪れを告げる桜の便りが届くようになった本日、ここに多数のご来賓のご臨席を賜り、2012年度の学位記授与式を挙行できますことを感謝します。卒業・修了される皆さん、まことにおめでとうございます。本学を代表してお祝いを申し上げます。皆さんが、この喜びの日を迎えることが出来たのは、成長を願いつつ励ましてこられたご家族や友人の支えがあった結果だと思います。本日ご臨席いただきました関係者の皆様にも、心からの感謝とお祝いを申し上げる次第です。

学びの時

 皆さんが大阪府立大学で過ごされたこれまでの日はどのような時だったでしょうか? それぞれに目標を持って、ここまで励んでこられたことに敬意を表し、誇らしく思います。苦労もあったことと察しますが、大学で過ごした経験が、これからのあなたの人生に、きっと力を与えてくれると信じます。多くのスポーツ選手は繰り返し行う基本的な練習によってその力を得ますが、大学での時間は、そのような練習・訓練の時であったかもしれません。その成果を、これからの新しい生活の中で発揮してくれるものと期待します。

高い志を持ちつつ前進する

 昨年はロンドンでオリンピックが開催され、多くの選手が私たちに様々な感動を与えてくれました。参加した選手達は表彰台に立つことを目標にして練習に励み、試合に臨み、ドラマのような感動を生み出しました。ただ、表彰台に上がれるのは世界でわずか3人だけ。それがスポーツの世界であり、同じようなことが私たちの世界にも当てはまります。
私は、今日から新しい場所で活躍される皆さんに、“努力すれば必ず報われるから・・・“と言ってあげたいのですが、残念ながら、人間にはそのような普遍的な方程式は与えられていません。一生懸命頑張っても、必ずしもあなたの期待した通りの結果が得られないことはたくさんあります。しかしながら、自分の願っている通りにならない時に、その結果を謙虚に受け止めて、新しいチャレンジができる力があればどうでしょう。私たちには、高い志を持っていることと、その結果を受け止め、前に進む力が必要だと思うのです。
夏目漱石が、当時は20代だった芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙があって、次のようなことが書かれてあることで有名です。「君方は新時代の作家になる積でせう。僕も其積であなた方の將來を見てゐます。どうぞ偉くなつて下さい。然し無暗にあせつては不可ません。たゞ牛のやうに圖々しく進んで行くのが大事です。牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。」(2通の手紙からの抜粋)
とても心に響く言葉だと思います。真に正しい高い志を持っている人は、どのような結果も受け止めて、自分を大きく成長させることができます。大切なのは、“ゆっくりでもいい、焦らなくてもいい、とにかく前進する”ことなのです。

他人と比較せずに生きる

 その時に大切なことがひとつあります。それは、他人と比較しないで歩むことです。隣の人がどのような力を持っているか、自分のことをどう考えているかをいつも気にしていると、生きる力を失います。その結果、自分らしい生き方が出来なくなるからです。こんな寓話があります。
「昔、あるところに庭園を造ることが大好きな王様がいた。その王様が庭園を散歩していると、庭園に植えられている木々の元気の無い様子に気付いた。門のそばに植えられているナラの木に、どうしたのかを尋ねた。するとナラの木は『王様、あのポプラを見てください。彼はまっすぐに天を向いて伸びています。私はとてもうらやましい気持ちで、あのようになりたい。それがすばらしいことだと毎日考えていると、疲れてしまいました。』しばらく行くと、ブドウの木がありました。やはり元気がありません。ブドウの木は言いました。『王様、私は自分の生活がイヤになりました。私は自分で立つことが出来ないのです。いつも、誰かに寄りかかっていなければいけません。りんごの木や桃の木のように、自立したいと願っているのですが、そればかり考えていると、実がならなくなり、生きていくのが嫌になりました。』もう少し先に、ゼラニウムの木がありました。彼もやはり元気がありません。彼は『王様、私はあのライラックのように素敵な香りを出して、多くの人を楽しませるようになりたいのですが、かなわないですよね。』と言いました。王様は、とても悲しい気持ちになりながら、ふと地面の近くを見ると、小さなスミレが咲いていました。彼女は元気そうでした。『スミレさん。この庭園の皆は元気がないのに、あなたは元気そうですね』とたずねると、彼女は『王様、私は小さくて、ポプラのように天に昇ることは出来ないし、りんごの木のように実をつけたり、ライラックのように香りも出せません。でも王様が私をここに植えてくださったのですから、王様が喜んでくださるなら私は幸せです。花を咲かせて、王様がここに来られるのを待っていました。』と言った」という話です。
スミレのように他人と比較しないで生きるためには、自律的な判断基準を自分の中に形成しなければいけません。他人の意見を尊重しながら、自分の責任で判断し行動できることが大切です。皆さんは大阪府立大学での学びを通して、これができる能力を身につけて来られたことと信じています。

置かれたところで咲く

 1936(昭和11)年2月26日、陸軍の青年将校ら1,400名の兵士が首相官邸などを襲撃して東京都心を占拠するという大事件が起こりました。世にいう2・26事件です。この事件では内閣の斎藤実や高橋是清らとともに、渡辺錠太郎という陸軍教育総監も殺害されました。彼が43発の銃弾を雨のように浴びたすぐ横1m先に、当時9歳だった娘がいました。彼女の名前は渡辺和子。
彼女は事の一部始終を見て、苦しみながら成長し、上智大学大学院を修了した後アメリカに留学し、カトリック教会の修道女になりました。様々な人との出会いがあり、わずか36歳という若さで、岡山県にあるノートルダム清心女子大学の学長に就任しました。あまりにも若い時に学長という職になりましたので、それはとても担いきれない重責だったそうです。
これは、昨年、ベストセラーのひとつになった、「置かれた場所で咲きなさい」という本に書かれてあることなので、すでに読まれた方も多いと思いますが、彼女は重圧に押しつぶされそうになり、「くれない族だった」と言っています。学生があいさつをして「くれない」、大学の教職員も自分に協力して「くれない」、誰もわかって「くれない」・・・・。それを彼女は「くれない族」と呼びました。いつも心の中は、言い訳と愚痴ばかりで、ついに、心の病気にもおかされたということです。
そんなある時、一人の宣教師が、「あなたの置かれたところで咲きなさい」という言葉から始まる詩をくれたそうです。彼女はその言葉を通して目が開かれ「環境の奴隷ではなく、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり自分の花を咲かせよう」と思えるようになりました。その日から、彼女は自分から周りの人に挨拶してほほえみかけ、お礼を言いはじめ、その結果、多くの人を励まし、慰め、助ける人になりました。1984年にマザーテレサが日本に来た時には通訳を務めるなど活躍し、世界中の方から慕われ、今年86歳を迎えるとのことです。
渡辺和子先生の本のタイトル、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を、本日卒業・修了される皆さんに贈りたいと思います。明日から、皆さんを待っている環境はどのようなものか分りませんが、あなたが期待していた所と、たとえ違っていたとしても、そこであなた自身を輝かせ、花を咲かていただきたいと思うのです。

 本日卒業・修了される皆さんに、三つのことをお話ししました、高い志を持ちつつ前を向いて進むこと、その時に決して他人と比較しないこと。そして、自分の置かれた場所で咲くことです。大阪府立大学で育ったあなたには、これができると信じています。

 ご活躍を期待して、式辞とさせていただきます。

学長  奥野 武俊